[十一番歌] わたのはら 八十島かけて、、 は、遣唐使廃止を


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[十一番歌] わたのはら 八十島かけて 漕ぎ出でぬと 人には告げよ 海人の釣舟

参議篁(たかむら)

作者の小野篁は、小野小町のおじいさんにあたります。第19回遣唐使の副官に任じられました。承和三年に唐に向けて出発するも、遭難被害に遭ってやむなく帰国、翌年再出発を図るけれども、また途中で失敗。2年後、三度目の遣唐使派遣の際には、乗船を拒否し、それをとがめられ、隠岐に島流しになりました。そして、遠島の際に、この歌を詠んだと言われています。

小野篁は、危険を冒してまで、遣唐使を派遣する意味があるのだろうか、という疑問を訴えたのです。

この影響は大きく、小野篁が、乗船を拒否した第19回遣唐使の後、寛平六年(894年)まで、56年間、遣唐使の派遣が停止されました。

そして、寛平(かんぴょう)六年、菅原道真によって、遣唐使の廃止が決定しました。

(参考:『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』)

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