[十六番歌] たち別れ いなばの山の 峰に生ふる、、


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たち別れ いなばの山の 峰に生ふる まつとし聞かば 今帰り来む

                    中納言行平(ちゅうなごんゆきひら)

お別れして、因幡の山に私が行ってしまっても、因幡の山の峰に生えている松のように、

あなたが待っていると聞いたなら、すぐに帰ってきますよ。

というのが、現代語訳です。

背景には、どのようなことがあるのでしょう。

作者の在原行平(ありわらのゆきひら)は、第五十一代平城天皇(へいぜいてんのう)の皇子、阿保親王(あぼしんのう)の子で、在原業平(ありわらのなりひら)の異母兄です。

この歌を詠んだ時の行平は、37歳。中納言という官職についていた彼が、因幡の国守に任ぜられ、これから任地に赴こうという時に詠んだ歌です。

「たちわかれ」と初句に詠んでいます。

「今までの人間関係を断って、別れて、任地に赴く」という意志を感じることができます。

新しい土地で、「峰に生ふる松」になろう、骨を埋める覚悟で務めを果たそうという決意が、崖地等、どんな痩せた土地でも、風雪に耐えて生育する「松」という言葉に込められています。

また、「まつ」には、もう一つ「待つ」という意味も掛けられていて、「私の帰りを待っていると聞いたなら、すぐにでも戻ってきましょう」という想いもあります。

つまり、

任地には、根を生やして骨を埋める覚悟で行くけれど、いつかは都に戻り自分の能力を発揮したいという2つの想いが込められている。

まさに、職業人の気概と本心が織り交ざった微妙な心を詠んでいるのですね。

中納言行平は、9世紀の人(818~893年)。

千年以上も前の人が、現在を生きる私達と、同じ気持ちをもって仕事にあたっていたなんて、ロマンですね。

(参考:『ねずさんの日本の心で読み解く百人一首』)

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