『大祓詞(おおはらえのことば)』に込められたものは、、


前回の投稿で、小野善一郎先生の『古事記』の心について、馬淵睦夫先生と対談をしている動画を、自分への備忘程度にメモしたものを、あまりにも良いお話だったので、皆さんとも共有したいと思い、アップしましたが↓

『古事記』小野善一郎先生と馬渕睦夫先生のお話。
『和の国の明日を造る』という番組で、元ウクライナ大使の馬淵睦夫さんと湯島天満宮権禰宜で神道学博士の小野善一郎さんの対談がなされていま...

その中で、大祓詞(おおはらえのことば)についても学んでみるといい、というような一言がありました。

気になったし、今なら読む時間があるな、と本屋に駆け込み、↓買ってきました。

神道の神様は、「実在する」というお話に、びっくり。
この本を読んで学んだことは、

どの様な罪穢れを吸い込んでも、
吐く息は、感謝の心で満たしたい。
そう思って、日々生活することだが大切だということ。

あらゆる世の中の一切合切の罪穢れを、自分の心の中に引き入れて、

それを祓って、自分の心から外に出さないようにしなければ、
世の中の真の平和は訪れないのだそうです。

世の中で飛び交う嫉妬、憎悪、悪口などは、

すべて私たちの心が製造して外に出しているのだって。

一切のの根本は、自分自身のこころを清めること。
一番身近な自分の心を清明にすることが、世の中の平安につながるのだから、

どんな不幸と思われる罪穢れを吞み込んでも、出すときは、清らかな感謝の言葉で話したいって。

私達の国の神々は、実在していて、その神々と私たちはつながっていて、私たちの本性もまた神性(しんせい)のものという確信。

この信仰が祓の神学の根本にあり、この「神性のこころ」を、罪穢れから守るのが祓えなのだそうです。

私達は、本来この世に生を受けた時から、神さまから頂いた神性な御心を宿しているので、後天的に自我が作り出してしまう罪穢れの異心(ことごころ)は、祓えば消え去る。

伊勢神道思想の眼目、心神(しんしん)思想とは、

私達の本性(ほんせい)は、神性なものであり、私たちは元来神々と寸分もたがわない貴い存在。だけど。私たちは知らず識らずのうちにその本性を我欲我執の異心(ことごころ)が覆ってしまいます。それ故に、その異心を祓って清浄の本姿に復する。

その努力が伊勢神宮における祓えの本来の趣旨なのだそうです。

大祓詞(おおはらえのことば)の奏上(そうじょう)

大祓詞の奏上は、自らが天つ神をはじめとする祖神(おやがみ)の御心を一つになり、その御心、境地を体認(たいにん)するところに妙味があります。

その御心を日々の生活の中で実現する。

日常生活は、荒行。

腹立つ心、不足・不満の心、嫉妬の心は、勝手に外から入ってくるものではなくて、自分の心が作り出しているものです。

この本来の心でない異心(ことごころ)を切って捨て去り、先祖の神々「神漏岐(かむろぎ)」「神漏美(かむろみ)」の御心を仰いで、その御心をこの世に実現していくのが「大祓え」の信仰なのだそうです。

「神漏岐(かむろぎ)」「神漏美(かむろみ)」は、大祓えの本文に出てくる神さまです。

大祓詞の最初は、下記のような言葉で始まります。

高天原(たかまがはら)に神留り(かむづまり)座す(ます)

皇親(すめらがむつ)神漏岐(かむろぎ) 神漏美(かむろみ)の命(みこと)以(も)ちて

八百萬(やほよろず)の神等(かみたち)を神集へ(かむつどへ)に集へ(つどへ)賜ひ

神議り(かむはかり)に議り(はかり)賜ひて

我が(あが)皇御孫命(すめみまのみこと)は

豊葦原水穂國(とよあしはらのみづほのくに)を

安國(やすくに)と平けく(たいらけく)知ろし食せ(しろしめせ)と

事依さし(ことよさし)奉り(まつり)き

意味は、

天上界の高天原(神々が鎮座されている神の国)に鎮座していらっしゃる

皇室の先祖の神漏岐命(みこと)と神漏美命とのお言葉によって

多くの神様方をひたすら御集めになり、

その神々とご相談なさった結果、

皇御孫命(すめみまのみこと)であられる 天照大神(あまてらすおおみかみ)のご子孫の天皇に

豊かに生い茂った葦原の美しい稲穂の実る我が国を

安穏な国として、平穏にお治めくださいと

ご委任申し上げました

です。

高天原は、神々がご鎮座されている神の国のことなのですが、日本には約八万の神社があって、その神社には神代の神々が今もご鎮座されている。(これが、「実在」というものなのですね。)

高天原は天上界にある国ですが、神社には高天原の神様が今も鎮座なさっている。

全国の神社にご鎮座されている神代の神々は、私達と地の続いている遠い先祖で、私達にはその先祖の神々の血が流れている。

このことが、私たちの本性(ほんせい)が神性(しんせい)なものだということなのだそうです。

大祓詞を奏上することによって、その本性を明らかにし、先祖の神々の御心をこの世に実現することが、「大祓詞(おおはらえのことば)」の眼目。

私達は、すべての人がその心に神性のこころを宿しているので、

その神様から頂いた清らかな心を守ること。

今日一日、他人の悪口を言わなかったか、

すべてを感謝の心で受け入れたか、

自分の責任を他人に転嫁しなかったか、

自分のこころを点検反省しながら、私達の本性である天つ神(あまつかみ)の御心から離れないように努力すること。

目の前は、神々が鎮座されている高天原。

それが見えないのは、本来の清らかな心を、自分自身が作りだす異心(ことごころ)で覆ってしまっているから。

自分の心の中から、悪口、嫉妬、恨みなどの異心を捨て去り、

たとえ他人であっても、自分のことのように思いやる神様のご慈愛の御心と一つになること。

すべては、自分の心の中にあるので、

大祓詞を奏上し、

穢れた心が祓われ、本来の神性の御心に復帰する。

というのが大祓詞(おおはらえのことば)の信仰なのだそうです。

以上。

本の中には、古事記のお話なども、興味深く語られているので、一読をおすすめします。

『古事記のこころ』という本も、お書きになられているので、こちらもおすすめです。

私も、数年前に読んだことを思い出したのですが、どこにしまったのか、見つからないので、見つけたら、読み返してみようと思っています。