『台湾人と日本精神』まるでおじいちゃんに話を聞いているみたい[#20]



平成29年7月に、蔡焜燦(さいこんさん)という台湾人のおじいちゃんが90歳で亡くなったんだ。かれは、日本統治下の台湾で日本の教育を受け、大東亜戦争や、戦後、中華民国となった台湾を生き抜いてきた愛日家なんだけど、彼が、自分の遺書だと思って、日本の人々に、この本を読んでほしいと、生前言っていた、という話を耳にして、買って、読み始めたんだ。

『台湾人と日本精神~日本人よ 胸を張りなさい』(蔡焜燦著/小学館)
という本。

日本による台湾統治時代の事や、大東亜戦争に日本が負けた時の様子、台湾が蒋介石の中華民国となってしまった、それからの40年間、台湾人が、どんなに凄惨な状況の中で生きてきたか、それを体験してきた本人の口から、語られているんだ。まるで、おじいちゃんに話を聞いているような感じで、食い入るように読み進められるよ。

日本は、日清戦争で、清を打ち破って、明治28年(1895年)に、下関講和条約を締結。清国から台湾の割譲を受け、日本の台湾統治が始まったんだ。日本本土と同じ文化水準・経済水準にするような政策がとられたんだって。教育についても、「内地でやっていた教育を、同じ日本領土である台湾でもやっていた」、ただそれだけの事だと、蔡焜燦さんは話しているよ。

台湾の人が尊敬してやまない当時の統治者の一人に、後藤新平がいるんだけど、彼は、道路・鉄道・水道・港湾などのインフラ整備、台湾の衛生環境と医療の大改善等、たくさんの大事業をやってのけ、台湾近代化の父と呼ばれて、今でも尊敬されているそうだよ。
「金を残す人生は下、事業を残す人生は中、人を残す人生こそが上なり」が、後藤新平の座右の銘だったんだって。

また、日露戦争勝利の影の立役者と言われる「明石元二郎」は、台湾総督として、水力発電事業、ダム建設、縦貫道路や鉄道等の交通機関の整備等、台湾のインフラ整備の総仕上げを行い、また、司法制度改革、教育改革なども行ったんだ。明石総督は、赴任に際し台湾に暮らす日本人よりも台湾島民を第一義にして統治を行なわなければ、平等政策は行なわれないと語っていたんだって。

大東亜戦争が激しさを増していく中で、昭和17年以降に、陸軍特別志願兵制度が施行され、台湾人にもようやく軍人の門戸が開かれるようになって、台湾人が正規の日本軍人として大東亜戦争に参加できるようになったそうなんだけど、この志願兵制度が発表されるや否や、約千名の募集人員に対し、たちまち40万人もの志願者が殺到。競争率は400倍。翌年には更に600倍になったそうだよ。日本軍人になることは、とても名誉なことだったという話を聞いたことがあるけど、やはりそうだったんだね。

敗戦後、台湾に中国国民党が疎開してきて、台湾は蒋介石中華民国となったんだけど、それから間もなく、「二・二八事件」や、白色(はくしょく)テロなどが起こったんだ。 台湾人が無実のまま次々と逮捕され処刑されていった、その数は、3万人とも5万人とも言われている。その事実も、体験として話してくれているんだ。まさに、台湾の近現代史の生き証人のお話なんだ。

易しい語り口で、引き込まれるように読めるよ。是非、読んでみて!

蔡焜燦(さいこんさん)さんは、李登輝さんや司馬遼太郎とのエピソードなども話してくれている。司馬遼太郎は、『坂の上の雲』とか『街道をゆく』等でとても有名な作家だけど、彼が『台湾紀行』という本を書く時、台湾を案内してくれたのが、蔡焜燦さんなんだって。

じゃあ、またね。 (←動画書き起こし)

参考

日本精神(リップンチェンシン):勤勉で正直、約束を守る
中国式: 嘘・不正・自分勝手