パレンバンって、バレンタイン?落下傘部隊、空の神兵のお話[#46]


2月14日っていうと、バレンタインだよね?チョコだよねぇ。

僕もそうだったんだよ、これを知るまでは。。

この写真の若者をみて、君は、どんな風に感じる?(動画の写真をみてね)

僕は、この写真を見た時、魂が洗われるような、言葉では言い表すことのできない、不思議な感覚を覚えたんだ。そして、彼の姿が脳裏を離れない。高貴さ、荘厳さ、透明な透き通った心、、、なんていったらいいんだろう。
彼は誰か?って?

彼の名前は、蒲生清治。大東亜戦争が始まって間もない頃、昭和17年(1942年)2月14日、石油を確保するために、インドネシアのスマトラ島、パレンバン飛行場近くのジャングル地帯に落下傘で降下した「空の神兵」の一人なんだ。敵の陣地に突入した時に、機関砲の水平射撃の直撃を受けて、壮絶な死を遂げた、飛行場西南側攻撃隊第一小隊長中尉。

ねぇ、機関砲の水平射撃って、どんな状況か、想像してみて、、多分、体が粉々に吹き飛んじゃったんじゃないかと思う。まだ20代の若者だよ。こういう清らかな魂を持った勇敢な若者たちが、家族を守るため、日本を守るために戦ったんだ。

大東亜戦争は、日本が石油などの輸入を止められて、やむにやまれず戦いを始めたという側面もあるんだけど、石油を確保するために、インドネシアのパレンバンで決死のパラシュート作戦が実行されたんだ。

この作戦は成功し、パラシュート降下作戦の隊長 当時21歳だった奥本實中尉は、戦争中に、天皇陛下の拝謁を賜っているんだ。すごい偉業だったんだね。

インドネシアには、「空から紙の兵が降りてきて圧政者を倒す」というジョヨヨボ伝説というものがあるんだって。空から降った落下傘部隊が、現地の人々を苦しめていたオランダ人をやっつけてくれた、そんな風に思った人も多かったそうだよ。
あっ、当時インドネシアはオランダに支配されていて、とってもひどい目にあっていたんだ。それで、パレンバンに降下した日本兵を「神の神兵」と呼んだんだって。

パラシュートで降下する前に、人が降りる前にまず武器や食料などを降下するんだけど、風向きなどが影響して、計画した場所に武器の箱を落とすことができず、落下傘部隊が地上に降りてから、武器なしで戦わざるを得ない場面も多かったそう。最初に話した蒲生中尉も、武器が見つからない段階で拳銃だけで敵の装甲車と出くわし、その作戦の中で散華したんだ。
パレンバン飛行場を占領し、石油精製場を手に入れ、勝利を収めたけれど、たくさんの兵士が戦死したんだ。現地には墓地もあるんだよ。 部隊は、戦場に散った仲間の遺品や髪の毛、遺骨などを大切に、帰還したんだ。

落下傘部隊の隊長、奥本實中尉が 書き留めた記録が、この『空の神兵と呼ばれた男たち』(高山正之・奥本實共著/ハート出版)という本に書かれてあるんだ。読むことをおすすめするよ。

彼らが命がけで戦って守ってくれたおかげで、今の日本があるんだ。僕たちが、安心・安全に暮らすことができているんだ。2月14日は、パレンバンの地に散った先人たちに思いを馳せ、感謝する日でもありたいと、心から思うよ。
じゃあ、またね。