最古の和歌「八雲立つ出雲八重垣妻籠みに八重垣作るその八重垣を」


私たちのご先祖様たちは、古(いにしえ)より、言葉をとても大切にしてきました。

言霊(ことだま)」という言葉を聞いたことがありますか。

言葉には神様が宿っている、という意味ですね。

神様が宿っているのだから、言葉を粗末には扱えません。

大切に、綺麗な心で、自分の心や思想、物の事象などを表現してきました。

そんな中から生まれた「和歌」は、もちろん日本独自の文化です。

五七五七七」の中に、言葉を純化させて表現する。

日本人は、この文化を、大切に大切にしてきました。

そういえば、ちょっと脱線しますが、

twitterツイッターが出始めたころは、140文字しか書くことができませんでした。

自分の言いたいことを短文に纏めることは意外と難しく、英語圏では日本ほど広がらなかった時期がありました。

日本でツイッターが人気となった理由について、こんなことも言われていました。

日本人は、五七五七七に慣れていて、短い言葉で表現することが得意。

だから、140文字に収めることが、なんなくできちゃうんだって。

少ない文字数でも苦にならずに表現できてしまうから、という意見には、なるほど~と、妙に納得してしまいます。私たちのDNAに組み込まれてるのかもしれませんね。(#^^#)

さて、

日本最初の和歌、つまり文献に記録された最古の歌は、天照大御神(あまてらすおおみかみ)の弟 須佐之男命(すさのおのみこと)が作ったとされるこの歌です。

 八雲立つ(やくもたつ) 出雲八重垣 妻籠み(つまごみ)に 
                八重垣作る その八重垣を

須佐之男命は、神話に出てくる神様で、伊耶那岐神(イザナギノミコト)と伊耶那美神(いざなみのみこと)の子供です。

伊耶那美神が亡くなった後、伊耶那岐神は黄泉の国まで妻を取り戻しに行くのですが叶いませんでした。失敗して戻ってきた時に、筑紫の日向(ひむか)の橘の小門(をど)の阿波岐原(あはぎはら)というところで禊祓(みそぎはらえ)をします。その時、鼻を洗った時に生まれたのが須佐之男命と伝えられています。

荒唐無稽な話ですよね~。 この辺のお話を知りたい人は、神話の本を紐解いてみるといいですね。(下にお薦めの本を紹介しておきます♪)

後に須佐之男命は、いろいろあった末に、櫛名田姫(くしなだひめ)を妻に迎えて、新しい家庭を築きます。その時の喜びの歌が、この歌なんですって。

新婚の二人をお祝いするかのように 雲が沸き上がって八重垣のようになっている。めでたいなぁ。

という意味です。

この歌は、私たちの国 日本の最古の古典『古事記』や『日本書紀』で最初に現れる歌で、「敷島の道」といわれる歌の道は、ここから始まったと、平安時代の歌人で六歌仙の一人 紀貫之(きのつらゆき)も述べています。

日本の最初の和歌が、神様の歌で、新婚の喜びを歌ったものだったのですって。

幸せを感じちゃいますね。

参考)

『平成新選百人一首』(宇野精一編/明成社)

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