[二十四番歌]このたびは 幣もとりあえず、、菅原道真の心とは


このたびは 幣もとりあえず 手向山 紅葉の錦 神のまにまに

菅家

この度の旅は(掛け言葉ですね)、道中の安全を願って神にささげる幣(ぬさ)も取りそろえる時間がありませんでした。代わりに豪華な錦のような綺麗に色づいた紅葉を、神様の御心のままにたむけましょう

という意味です。

宇多上皇が吉野に御幸(ごこう)された際にお供した菅原道真(すがわらのみちざね)が作った歌です。

菅原道真は、学問の神様としてもとても有名ですよね。

手向山(たむけやま)というのは、奈良市にある手向山八幡宮のことではないか、という人もいますが、はっきりとわかってはいないようです。特定の場所を示すものではなく、「神様に御幣(ごへい)を捧げる山」という意味で受け取ってよいでしょう。

「幣(ぬさ)」は、旅に出る時に紙や絹を細かく切ったものを袋に入れて持参し、道々の道祖信の前で撒いて旅の無事を祈るために使うものです。

急いでいたので、持ってくる時間がなかった、と詠んでいますが、この御幸はとても盛大なものだったそうで、準備する時間がないということは考えにくいから、他の意味が込められているんだろう、と解釈する人もいます。

どんな意味が隠されているのでしょうねぇ~

この歌で大切なのは、「神のまにまに」という部分です。

「紙のまにまに」は、「神様の御心のままに」という意味。

私心を捨てて、神々の御心に忠実にあろうとする、菅原道真の生きざまが感じられます。

菅原道真(すがわらのみちざね)は、「学問の神様」として尊敬されていますが、「遣唐使を廃止」したことでも有名です。

日本は、菅原道真による遣唐使廃止後、幕末までおそよ千年の鎖国が続くことになります。

どうして遣唐使を廃止したかというと、まず何より、唐に行く船旅はとても危険で、成功率が五割しかありませんでした。また、相互貿易により望ましくない人や文化も入ってき、治安が悪化したといいます。人殺しや泥棒などの凶悪犯罪も増え、人々の暮らしが脅かされる事態に至りました。唐との交流を望まない声も多かったのです。

遣唐使をやめることで、人々が安心して暮らせる社会を取り戻すことができましたが、遣唐使の廃止によって、それまで唐との貿易の利権を牛耳っていた権力者、藤原一族にとって、彼は憎んでも憎み切れない相手となったのは、当然のことでしょう。

菅原道真は、藤原氏による排斥運動にあって、遣唐使廃止の二年後には太宰府に左遷され、大宰府で生涯を閉じます。

批判や妨害を怖れず、みんなのために遣唐使廃止という政策の大転換を行った大政治家。

その彼が、全盛期の時に宇多上皇にお供したときの歌が、この歌なのです。

私心を捨て神々の御心に忠実であろうとした謙虚な姿を 心いっぱい感じましょう。


■かるた取りのテクニック(#^^#)

[分類] 五色百人一首 青

[ワンポイント] 「二字決まり」の札です。

「この」と聞こえたら、下の句「紅葉の錦~」をとってしまいましょう。

平成30年8月開催予定 第3回小学生百人一首大会
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