今日よりは幼ごころを打ち捨てて、、 吉田松陰も詠んだ『啓発録』の心


今日よりは おさなごころを うちすてて 人となりにし 道を踏めかし

吉田松陰

吉田松陰が、若い知人の元服にあたり贈った歌です。

元服とは、今でいう成人の日ですね。

今日からは、幼い心を捨て去って、立派な人物となれるように努力し励みなさい

という意味です。

幼心を捨て去る、、、

って、どこかで聞いたことありませんか?

そう、

幼心を捨て去るといえば、橋本左内の『啓発録』の一番最初にある言葉ですね。

橋本左内

どうして、吉田松陰がこの歌を詠んだのでしょう。

吉田松陰と橋本左内は、同時代に生きた士(さむらい)です。

幕末、安政の大獄で2人とも刑死します。

吉田松陰は、獄中にあった時に、すぐ近くの牢に橋本左内が入れられていることを知り、一度でいいから直接会って話がしたいと願いましたが叶いませんでした。

左内は首をはねられたと聞いて、吉田松陰は大層嘆き悲しんだといいます。

左内の刑死後まもなく松陰も処刑されてしまいます。

吉田松陰が、橋本左内をとても尊敬していたからこそ、こういう歌を詠んでいたのでしょうね。

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