[海軍さんの歴史教科書] 1.肇国(ちょうこく、国のはじまり)を読んでみよう


海軍の練習兵用の歴史教科書を、一緒に読んでみませんか?

日本という国の成り立ちや、それぞれの時代の出来事や背景などが、

とても分かりやすく書かれています。

ひょんなことから、国会図書館のデジタルアーカイブで見つけたのですが、

あまりに素晴らしい本なので、書写のつもりで打ち込んでいこうと思っています。

時間を見つけての作業になるので、のんびりいきたいと思います。

このページでは、国のはじめのお話についての記述を紹介します。

もっと知りたい、と思ったら、神話を紐解いてみるといいでしょう。

それでは、どうぞ♪


肇国(ちょうこく)

(1)肇国の宏遠

神話の意義

我が国の歴史は遠い神代の昔の神話に始まっている。しかもそれは我が国の起源に関する伝承であるとともに、その精神が現在なお我々とともに生き、更に未来に及ぶところに我が国神話独特の意義がある。

即ち我が神話は 他の国々の神話が単に太古の人々の生活・思想・感情を表すものに過ぎないとその本質を異にし、我が国体の由来を示し、我が国史を一貫する肇国精神を説いて余すところがない。

されば我が神話をみるにあたっては、その精神が常に国史のうちに脈々として生きている事実を明らかにしなければならない。

国土生成

神代の昔、伊弉諾尊(イザナギノミコト)・伊弉冉尊(イザナミノミコト)と申す二柱の神がおはしまして、諸神の命を以て大八洲國(おおやしまのくに)を生み、更に山川草木その他の神々を生み給うた。

即ちここに国土・萬物は国民とともに祖先を同じくする同胞として一體(いったい)をなし、天皇は国土と国民の一切を育み給い、国民は国土とともに仕え奉るという我が国家観念が示されている。

天照大神

次いでニ神はこれら一切を統治し給う至高の神たる天照大神(あまてらすおおみかみ)を生み給うた。大神(おおみかみ)は高天原(たかまがはら)にましまして 農耕・養蠶(ようさん、かいこをそだてること)・機織等の道をお教えになり、太陽があまねく萬物を照らすように万民をお慈しみあらせられたので、皆これを仰ぎ奉って日神とも大日霎?貴(おおひるめのむち)とも称(とな)え奉った。

この天照大神こそ畏くも皇祖の大神にあらせられる。

国土奉献

天照大神はその大御心(おおみごころ)・大御業(おおみわざ)を永遠に発展せしめられるため、皇祖 瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)を我が国土に降ろそうと遊ばされたが、この時国土は、大神(おおみかみ)の御弟 および」素戔嗚尊(スサノオノミコト)の御子 大国主命(オオクニヌシノミコト)によって経営せられていた。

大神はそこで、タケミカヅチノミコト・フツヌシノミコトをして国土奉献(ほうけん)の大命を伝えしめられたところ、命は直ちに仰せに従って国土を奉じ奉られた。このように我が国特有の翼賛(よくさん)の道と君臣の大義は、既に神代の昔にその範が示されているのである。

天壌無窮の神勅

ここにおいて天照大神は皇孫に勅して

豊(とよ)葦原(あしはら)の千五百(ちいほ)秋(あき)の瑞穂(みずほ)の國(くに)は、

是(こ)れ吾(あ)が子孫(うみのこ)の王(きみ)たるべき地(くに)也。

宜(よろ)しく爾(いまし)皇孫(すめみま)、就(ゆ)きて治(しら)せ。

行矣(さきくませ)、寶祚(あまつひつぎ)の隆(さか)えまさむこと、

当(まさ)に天壤(あめつち)と窮(きわま)り無かるべし

と宣(のたま)わせられた。ここに天照大神の御子孫がこの国土に君臨し給い、その御位のお降えになることが天壌とともに窮(きわま)りない我が国体の基は定められ、而してこの肇国の大義は永遠に国史に展開し、伴星に亙(わた)って貫かれるのである。

三種の神器(じんき)

これと同時に大神は三種の神器(じんき)を皇孫にお授けになった。天岩屋(あまのいわや)の前で大神に捧げられた八咫鏡(やたのかがみ)・八坂瓊曲玉(やさかはのまがたま)および素戔嗚尊(スサノオノミコト)が大神に献上せられた天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)である。而して特に神鏡に就いては、

此れの鏡は専(もっぱ)ら我(あ)が御魂(みたま)として

吾(あ)が前(みまえ)を拝  (いつ)くが如(ごと)いつきまつれ

と教え給うた。爾来(じらい)歴代天皇は皇位のみしるしとしてこれらの神器をお承(う)け継ぎになり、常に皇祖に仕えまつる御心(みこころ)をもって これをお祭りになるとともに、神器を通じて皇祖の大御心(おおみごころ)をそのままお継ぎになっているのである。

皇孫降臨

かくて瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)は謹んで御神勅(ごしんちょく)を承け奉り、神器を奉じて天兒屋根命(あめのこやねのみこと、中臣(なかとみ)氏の祖)・太玉命(ふとたまのみこと、齋部(いんべ)氏の祖)・天忍日命(あめのおしひのみこと、大伴氏の祖)等を従え、日向(ひゅうが)にお降りになった。

これらの神々は後に祭政・軍事などを司って皇室に奉仕した主要な氏族の祖神であって、君臣の大義と国家組織の大本とは、ここに定まって揺らぐことがない。

打ち込み人 注)「天忍日命」の「忍」の部分は似てる文字ですが、活字で探せませんでした。便宜上「忍」をつかいます。

天照大神の御出生

伊弉諾尊(イザナギノミコト)、伊弉冉尊(イザナミノミコト)、共に謀りて日(のたまわ)く、吾れすでに大八洲国(おおやしまのくに)及び山川草木を生めり、なんぞ天下(あめのした)の主(きみ)たる者を生まざらんやと。是にともに日神(ひのかみ)を生みます、大日孁貴(おおひるめのむち)と申す。(一書にいわく、天照大神。一緒にいわく、天照大日孁尊(あまてらすおおひるめのみこと。)此の子(みこ)光華明彩(ひかりうるわしくて)、六合(くに)の内に照り徹(とお)らせり。

「日本書紀」

同床共殿の神勅

是の時に天照大神 手(みて)に寶鏡(たからのかがみ)を持ちたまいて、天忍穂耳尊(あまのおしほみみのみこと)に授けて祝(ほ)ぎ日(のたまわ)く、吾が皃 此の寶鏡(たからのかがみ)を視(み)るがごとくすべし、與(とも)に床(みゆか)を同じくし、殿(みあらか)を共(ひとつ)にし、以て齋鏡(いわいのかがみ)と為すべし。

「日本書紀」一書

打ち込み人 注)「齋鏡(いわいのかがみ)」の「齋」の字はこの字に似たものです。

注)天忍穂耳尊(あまのおしほみみのみこと)は、日本神話で、瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)の父。天照大神(あまてらすおおみかみ)と素戔嗚尊(すさのおのみこと)が誓約(うけい)をしたときに生まれた神だそうです。

注)同床共殿(どうしょうきょうでん)

「吾が皃 此の寶鏡(たからのかがみ)を視(み)るがごとくすべし、與(とも)に床(みゆか)を同じくし、殿(みあらか)を共(ひとつ)にし、以て齋鏡(いわいのかがみ)と為すべし。」

は、↓

「わが子よ、この鏡を見る時には、私を見るつもりで御覧なさい。大御神と床を一つにし、宮殿を一つにして、大御神の大御心を体現する鏡としなさい。」

という意味です。

(2)神武天皇の御創業

御東征

皇孫降臨から御三代は日向にましましたが、第一代神武天皇は東方の美地に天業を恢弘(かいこう)しようと思し召しになり、皇兄五瀬命(いつせのみこと)等と謀って東征の御事を決し給うた。

天皇御親ら舟師(ふないくさ)を率いて海路日向を発し給い、途中瀬戸内海沿岸を平定して制海権を確保遊ばされ、浪速(なにわ)に上陸して陸路直ちに大和に入ろうと遊ばされた。

大和平定

時に大和の豪族 長髓彦(ながすねひこ)は、饒速日命(にぎはやのみこと)を奉じて天皇の御軍(みいくさ)を孔舎衙坂(くさかざか)に阻(はば)み、五瀬命(いつせのみこと)は流矢に中(あた)って程なく薨去(こうきょ)あらせられた。

天皇は日神の子孫が日に向かって敵を討つは天道に逆らうものとお考えになり、軍を還(かえ)して海路紀伊に向かわれ、熊野に上陸遊ばされた。

ここから大和へ御進撃の途中は種々の苦難に遭遇せられたが、道臣命(みちおみのみこと)・八咫烏(やたがらす)等の先導により 附近の敵を平らげながら遂に大和に入らせられた。

これらはいづれも天照大神の神助(しんじょ)によるものである。かくて天皇は所在の土豪(どごう)を従いへ給い、金鵄(きんし、とび)の霊瑞(れいずい)により長髓彦(ながすねひこ)を撃破せられ、饒速日命(にぎはやのみこと)はよく順逆の理を悟り長髓彦(ながすねひこ)を誅(ちゅう)して皇軍に帰順し奉(たてまつ)ったので、ここに大和は平定した。

注)霊瑞(れいずい)-不思議なめでたいしるし

橿原奠都(かしはらてんと)

かくて天皇は都を橿原に奠め、宮居を営み給ふ時、大詔を下して

當(まさ)に山材(やま)を披拂(ひらきはら)い、宮室(おおみや)を経営(おさめつく)りて、恭(つつし)みて寶位(たかみくらい)に臨み、以(もっ)て元元(おおみだから)を鎮(しず)むべし。上(かみ)は則ち乾霊(あめのかみ)の国を授けたまう徳(うつくしび)に答え、下(しも)は則ち皇孫(すめみま)の正(ただしき)を養いたまいし心(みこころ)を広めむ。

然(しか)して後に六合(くにのうち)を兼ねて以て都を開き、八紘(あめのした)を掩(おお)いて宇(いえ)と為(せ)んこと亦(また)可(か)ならずや。

と仰せられた。

これ即(すなわ)ち皇祖肇国(こうそちょうこく)の大精神が、神武を発揚し皇化を以て全人類を永遠の福祉に導こうとする八紘為宇(はっこういちう)の雄大極まりない大理想にあることを明らかにし給うたものである。

而してこの大理想こそは 歴代天皇が、大御業の根本精神として永くお承け継ぎになっている皇国の大使命であり、永遠に我が国史の進運を支配して現在の大東亜戦争、赫々(かくかく)の勝利と、これに即応する着々たる大東亜共栄圏建設に及んでいるのである。

即位の大禮(大礼、たいれい)

天皇はかくて橿原宮(かしはらぐう)に即位の大禮(たいれい)を挙げさせ給うた。即ち始馭天下之天皇(はっくはしらすすめのみこと)と申し上げ、第一代の天皇と仰ぎ奉る。

而してご即位の年を以て皇国の紀元元年とし、我が国の無窮の発展を算(かぞ)える基準の年とする。

祭政一致

天皇はご即位4年、第御業をなさしめられた神恩を謝し、鳥見(とみ)の山中に天照大神を祭り給うた。即ちこれは 天皇が御親らの大業を以て皇祖の神意と神助に基づくものとせられ、特に敬神崇祖(けいしんすうそ)に大御心をお用い遊ばされたものに外ならない。

この御精神は 永く後に伝えられ、歴代天皇は常に親しく皇祖の御神霊を祭り、神慮のままに国家の繁栄と国民の福祉を圖(はか)り給うている。

されば 我が国においては昔から政治と祭祀(さいし)は一致し ともにマツリゴトと呼ばれ、天皇のマツリゴトを通じて皇祖肇国の御精神は永遠に受け継がれていくのである。

注)敬神崇祖(けいしんすうそ)–神を敬い 先祖を崇(あが)める心

御治蹟(おんちせき)

天皇はまた中臣(なかとみ)・齊部(いんべ)の二氏をして祭祀を司(つかさ)どり政治を輔(たす)けさせ、大伴(おおとも)・物部(もののべ)の二氏をして軍事を司どり朝廷を守らせ、地方には功臣をそれぞれ国造(くにのみやっこ)・縣主(あがたぬし)に任じてその地を治めしめられた。

皇威発展の基が ここに固く定められることとなったのである。

天業の恢弘(かいこう)

東に美地(よきくに)有り、青山 四周(よせにめぐれり)、(中略)。余謂(われおも)うに、彼地(そのくに)は必ず當(まさ)に以て 天業(あまつひつぎ)を恢弘(ひろめのべ)て 天下(あめのした)に光宅(みちつ)るに足りぬべし、蓋(けだ)し 六合(くに)の中心(もなか)か。何ぞ就(ゆ)きて都(みやこつく)らざらんや。

「日本書紀」

敬神崇祖の御精神

我が皇祖(みおや)の霊(みたま)、天より降鑒(くだりひか)りて、朕が躬(み)を光助(てらしたす)けたまえり。今諸(もろもろ)の虜(あだども)巳(すで)に平(たいら)ぎ、海内無事(あめのしたしずか)なり。以て天神を郊祀(まつ)りて、大孝(おやにしたがうこと)を申(の)べたまうべき者なり。

「日本書紀」

 


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海軍教育局の練習兵用の歴史教科書を見つけました。 200ページ程の内容。簡潔にわかりやすく、物語のように書かれてあります。 ...