昭和天皇と国際情勢と お読みになられた和歌を箇条書きにしてみました


昭和天皇の凛々しいお写真にみとれているうちふと思いました。

私が知っている昭和天皇は、おじいちゃんだったけど、

大東亜戦争(第二次世界大戦、太平洋戦争)の時、

昭和天皇はいくつでいらっしゃったのだろう。。と。

ざっくりと、書き出してみました。

書きながら、色々なことが脳裏をよぎりました。

沢山のことを感じました。

今は、書き出すだけで疲れちゃったので、

おいおい気づいたことも書いていきたいな、と思います。

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simplicity11

大正10年(1921) 昭和天皇21歳

イギリスを中心とする欧州御巡遊
日英同盟の廃棄
11月12日 ワシントン国際会議
11月25日 皇太子裕仁親王 摂政ご就任

大正11年(1922) 新年歌会始にて

世の中もかくあらまほしおだやかに 朝日にほへるおほうみのはら

昭和3年(1928)昭和天皇28歳

昭和3年歌会始
山やまの色はあらたにみゆれども 我まつりごといかにかあるらむ
昭和天皇即位の御大礼・大嘗祭
済南事件(日本軍vs国民党軍)
張作霖爆殺事件
対日27年コミンテルン・テーゼ
パリ不戦条約

昭和5年(1930) 昭和天皇30歳

 ロンドン軍縮会議に絡んでの統帥権干犯糾問事件

昭和6年(1931) 昭和天皇31歳

 満州事変

昭和7年(1932) 昭和天皇32歳

 第一次上海事変
 五・一五事件

昭和8年(1933) 昭和天皇33歳

国際連盟脱退
歌会始
天地の神にぞ祈る朝なぎの 海のごとくに波たたぬ世を

昭和9年(1934) 昭和天皇34歳

中国共産党による反日統一戦線結成

昭和11年(1936) 昭和天皇36歳

二・二六事件(国軍創設以来の大規模クーデター)

昭和12年(1937) 昭和天皇37歳

盧溝橋事件
支那事変

昭和13年

歌会始
静かなる神のみそのの朝ぼらけ 世のありさまもかかれとぞおもふ

昭和14年(1939) 昭和天皇39歳

ノモンハン事件
中華民国 汪兆銘新政権樹立

昭和15年(1940) 昭和天皇40歳

皇紀2600年の記念の年
歌会始
西ひがしむつみかはして榮(さかえ)ゆかむ 世をこそいのれとしのはじめに
11月 皇紀二千六百年記念祝典

昭和16年(1941) 昭和天皇41歳

4月~11月 日米交渉
12月8日 米・英に対する宣戦布告

昭和17年(1942)  昭和天皇42歳

歌会始
峯つづきおほふむら雲ふく風の はやくはらへとただいのるなり

昭和20年(1945) 昭和天皇45歳

年頭御製
風さむきしもよの月に世を祈る ひろまへ清くうめかをるなり
3月10日 東京大空襲
戦いのわざはひうけし国民(くにたみ)を おもふこころにいでたちてきぬ
ポツダム宣言受諾
身はいかになるともいくさとどめけり ただたふれゆく民をおもひて

昭和21年(1946) 昭和天皇46歳

歌会始 (米の占領行政開始4か月後)
ふりつもるみ雪にたへていろかへぬ 松ぞををしき人もかくあれ

昭和天皇全国御巡幸

わざはひをわすれてわれを出むかふる 民の心をうれしとぞおもふ
国をおこすもとゐとみえてなりはひに いそしむ民の姿たのもし
かくのごと荒野が腹に鋤をとる 引揚びとをわれはわすれじ

昭和27年(1952) 昭和天皇52歳

4月28日 サンフランシスコ講和条約
風さゆるみ冬は過ぎてまちにまちし 八重桜咲く春となりけり
国の春と今こそはなれ霜こほる 冬にたへこし民の力に

昭和57年(1982) 昭和天皇82歳

教科書検定基準への「近隣諸国条項」追加
わが庭のそぞろありきも楽しからず わざはひ多き今の世を思へば

昭和60年(1985)  昭和天皇85歳

8月15日
内閣総理大臣の靖国神社参拝に中国共産党政府が攻撃を仕掛けてき日本政府が屈服した日

昭和61年(1986) 昭和天皇86歳

8月15日
この年のこの日にもまた靖国のみやしろのことにうれひはふかし

昭和63年(1988) 昭和天皇88歳

8月15日
やすらけき世を祈りしもいまだならず くやしくもあるかきざしみゆれど
9月(記録された昭和天皇ご生前最後の御製)
あかげらの叩く音するあさまだき 音たえてさびしうつりしならむ

敗戦後、食糧難の中、わが身はどうなってもいい、

皇室財産を全て差し出すので、どうか食料を輸入させてくれ、

国民を飢えさせないでくれ、

と昭和天皇はマッカーサーとお話されたということを最近知りました。

敗戦後、日本がめちゃくちゃに壊されなかったのは、

昭和天皇のおかげといっても言い過ぎではないと思います。

知れば知るほど、昭和天皇の偉大さを感じます。

その昭和天皇の最後の頃に詠われた歌を知って、

あぁ、私たちは、昭和天皇の恩に報いることができていない、

なんて情けないことだろう、と

悲しく思いました。

また、

近隣諸国条項ができたときに詠われた歌の悲しさ。。

「わが庭のそぞろありきも楽しからず わざはひ多き今の世を思へば」

こんな御歌をお詠みになられるほどに苦しめてしまった国民の情けなさが悲しい

当時の政府はどれほど罪深いことをしたのだろうと思います。

そして、私がつらい時に思い出す 御歌

「ふりつもるみ雪にたへていろかへぬ 松ぞををしき人もかくあれ」

これが、どんな時に詠まれたものなのか知らずにいたのですが、

占領されて、

人々が保身のために変節したり、強者へ迎合したりと、

醜いことが沢山起こった。

その世情を諫める意味も込められていたという話を聞くと、

なんとも言えない気持ちになります。

昭和天皇のことをもっと詳しく知りたいと思うようになりました。


参考)

『和歌に見る日本の心』 (小堀桂一郎著/明成社)

『日本占領と「敗戦革命」の危機』 (江崎道郎著/PHP新書)

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