「世論(せろん)」と「輿論(よろん)」って、同じ意味?


「世論(せろん)」と「輿論(よろん)」は違うものらしい。

「世論(せろん)」は「今の世間に流行する論
「輿論(よろん)」は、「社会の土台をなす庶民のうちに、国民として持つべき常識としての通義・整理が歴史を通じて運ばれてきている」考え
つまり、世論と輿論は、歴史感覚がないか、あるか、という点で異なるものだと、
中江兆民(弘化4年(1847)~ 明治34年(1901年)の本にあります。

なぁるほど、、と思ったので、中江兆民の言葉を書き出してみますね。

輿論(よろん)とは輿人の論ということにて
大勢の人の考えというも同じ事なり
自由権の行わる国にては
何事によらず人民が勝手次第に理屈を言うことができる故に
人々が「あのことは佳き、このことは悪しき」とか、
また「あのことについては どうするのが当然にて、
このことについては どうするのが適切じゃ」とか
思い思いに理屈を言ううちに
大勢の人が自然と同じ考えになるのが
即ち輿論と申すなり。
また 衆人に勝れた人物がおのれ一人の考えを唱えたところで
多数の人は一向に気づかず 
または目が届かずして
かえって悪(あ)しと思って
そしりたり貶(おとし)たりして
だんだん年月の経つに従いて
徐々(そろそろ)とわかりて
「なるほど是れは誰それの言った通りじゃ」と人々が言い出すときは
やはり輿論となると知るべし
輿論なればとて 必ずいちいち善くして 誤りなしというわけには参らねども
十が九までは道理に合うものじゃ

『平民の目さまし』

「人々が長い時間をかけた会話を通じて、だんだんと定着してきた集団的な見解が輿論」

こういうふうにみると、

よくテレビ等で「世論が~ よろんが~」と言っている言葉は、

「世間の常識では」

という意味じゃなくて

「今の流行りの考えでは」

「どこに根拠があるか定かじゃない臆説では」

という意味に近いのだろう。

そう考えると、

テレビに出る人々の軽薄な言葉を鵜呑みにするまえに、

あれっ?

って考えるようになるかもしれない。

私たちは、もっと思索を深めて、会話を大切にすることを意識しないと、

社会道徳の土台がどんどん腐っていってしまうと思う。

そんなことを考えました。

参考)
『中江兆民―百年の誤解』(西部邁著/時事通信社)

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