公立小学校の英語教科化による負の側面も考えた方がいいとつくづく思いました。


昨日、小学生に英語を教えるためのワークショップに参加しました。

年度替わりの今の時期は、民間の教材開発会社さんなどが、英語を教えてたい人を対象に指導法などを教えるワークショップがあちこちで開催されます。

私も毎年、ブラッシュアップのためにちょこちょこと参加するのですが、

今年の会場は、まさに”in the world”状態。

いろんな国から来たであろう様々な人が参加していました。

そういえば、去年参加したワークショップも、外人さんがいっぱいいてびっくりしたっけなぁ、、

と改めて、思ったのだけど。

少し不安に思ったことを書いてみます。

多分、小学校低学年か、就学前児童対象の指導法なのだろうとは思ったのですが、

”形”を教えるのに、体を使って指導する。

それは、子供向けの学習方法としては一般的かもしれない。

お遊戯みたいだよね。

It’s a circle. star.heart…を、楽しくお遊戯みたいにして学ばせる手法ね。

それを、参加者がまねしてやってみるわけ。

会場がそうお遊戯状態。

みんなとっても楽しそう。

そう、私だけが、なんか冷めた気分でいたのかもしれない。

日本の小学生、こんな風にしないと覚えられないほど馬鹿じゃないよな。

circle は “circle” と何度か練習すれば覚えるし、、

外国の先生が指導法をレクチャーしてくれているのだけど、

なんか、違和感。

こういうワークショップでスキルアップした人たちが、

学校現場や民間の教室などで、子供たちを教えるわけだよね。

民間は良いと思う。

ただ、学校は、違うんじゃないかな、と、つくづく思いました。

日本では、学校の先生になるためには、大学に行って教職課程を学んで、教員採用試験を受けて、そして教師になるのですよね。

でも、英語教育が義務化されて、そこに配属される人は、どういうハードルを乗り越えて子供たちに接する立場になるのでしょうね。

AET(アシスタント イングリッシュ ティーチャー)という外国の若者たちが、学校教育現場に携わっているのが今の現状ですが、私の認識では、彼らは海外経験を数年積むという目的で来ているのではないのでしょうか。違っていたらスミマセン。

腰を据えて日本の子供たちの教育現場にいるわけではないと思う。

勿論、色々な国の色々な方と触れ合えるのは素敵なこと。

だけど、なんか、違くない?

と思う。

小学校の大切な時間を、It’s a circle! をお遊戯で覚える時間より、

きちんとした日本語で書かれた名著を読む時間にあてた方が、

しっかりした日本人を育成することができるのではないかな、と。

言語を失うことは、国を失うことに繋がると思うのだけど、

小学校の英語教育義務化は、自分たちの言語をみすみす自らの手で追いやっているようにしか感じない。

グローバル化って、

自国の文化歴史をしっかり身に着け、民族のコアな部分を守りながら、

外とのかかわりをすることだと思うのだけど、

今の日本、

先祖代々築いていた自国の文化を壊して、

無国籍人間をつくることが

グローバル化だと勘違いしているように思えてならない。

小学校の英語教育義務化で、

国民の総白痴化がますます進むに違いない、と確信した次第。

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