圧政に苦しむ歌って、なんじゃらほいな?(@_@) ~第5回小学生百人一首大会結果~


大戸さん(金透小学校)が、総合優勝の栄冠を勝ち取りました☺

令和元年8月18日開催の第5回小学生百人一首大会は、

いつもと比べて寂しい参加人数ではありましたが、

強者どもの和気あいあいとした楽しい学びの時間を過ごしました。

民友新聞にも載りましたので、ご紹介しますね。

また、開催当日の夕方、福島テレビ(8チャンネル)地方ニュースでも放映されました。

有難いことです。

次回第6回は、令和2年2月11日 建国記念の日に開催予定です。

ことふみ郡山の小学生百人一首大会は、

速さだけを競う百人一首ではなく、

百人一首をきっかけに、

日本の国柄を学んでほしい、という気持ちも込めています。

今回、部門2)筆記では、元号って何?というお話と、元号と小倉百人一首は、実はとても大切なつながりがあるということを、天皇系図を一緒に見ながら説明し、その後で問題を解く、という形をとりました。

それから、小倉百人一首の一番歌と99番歌・100番歌を取り上げ、天智天皇の時代がどういう時代だったのか、そして、後鳥羽院・順徳院の時代がどういう時代だったのかについて一緒に考えました。

小倉百人一首の順番には、実は深い意味があるんだよ、というお話もしました。

天智天皇の歌「秋の田のかりほの庵の苫をあらみ わが衣手は露にぬれつつ」という歌が、「天皇の圧政に苦しんでいる農民の姿を詠ったものだって、本に書いてあるよ」という子供たちの言葉に、私は思わずのけぞってしまいました。

色々話しあいをする中で、「でもさぁ、圧政に苦しむ農民の歌なら、なんでそんな歌が天皇陛下の歌として語り継がれているのぉ?変じゃね?」という発言も出てきて、私は内心嬉しく思ったのでした(#^.^#)

百人一首かるた 一番歌~三番歌 に込められた意味は、、
小倉百人一首は、いつ編纂されたの? 小倉百人一首は、 平安末期から、鎌倉時代初期にかけて活躍したお公家さんの天才歌人、 藤...

考えること、疑問を感じたら調べることの大切さも身に着けていってほしいな、と思います。

そして、そのためには、きちんとした知識を身に着けていくことがとても重要だと、改めて感じたのでした。(#^.^#)

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