奥山土牛の「吉野」の絵から、持統天皇と柿本人麻呂に想いを馳せて、、


先週3月30日に、山種美術館で開催していた「奥村土牛展」を堪能してきました。

以前雑誌に載っていた醍醐という桜の絵をみて、

あまりの美しさに心奪われ、

いつか実物をみたい、と憧れていた絵。

このポスターではぼやけたように見えてしまうけど、

桜の花のひとひらひとひらまで、繊細に美しく描かれていて、

もう、溜息しか出ない美しさ。。。

山種美術館の展示会は、

美術館側で指定した一枚の絵だけは写真撮影OKなんです。

今回は、「吉野」という作品が撮影OKでした。

この桜に覆われた吉野の山々、、

美しい、という言葉以外にどんな言葉があるのでしょう。

この絵をみていて、

ふっ、と、万葉の時代も、

こんなに素敵な景色だったのかしら、

と想像を巡らしてしまいました。

実は、持統天皇に仕えた柿本人麻呂が、

持統天皇が在位8年の間に29回も通われた吉野離宮について

詠った長歌が万葉集に収められています。

やすみしし 我が大君の きこしめす

天の下に 国はしも さはにあれども

山川の 清き河内と 御心を

吉野の国の 花散らふ

秋津の野辺に 宮柱

太敷きませば ももしきの

大宮人は 舟並めて

朝川渡り 舟競い 夕川渡る

この川の 絶ゆることなく

この山のいや高知らす

水激く 滝の宮処は

見れど飽かぬかも

意味

この天下をお治めになるわが天皇の、この天下に、

国はたくさんあるけれど、

その中でもことに山と川のすがすがしい河内として、

御心を御寄せになっている吉野の秋津の野辺に、

太い柱を打ち立てて宮殿をお建てになると、

大宮人たちは舟を並べて朝の川を渡り

競争して舟をこぎ、夕方の川を渡る。

この川の絶えることのないように、

また、この山のいよいよ高くそびえるように、

この国に君臨される 水の流れの激しい都は、

いつまでみていても見飽きることはない。

柿本人麻呂は、持統天皇と文武天皇の両方に仕えた

あまり身分の高くない役人だったそうです。

持統天皇は、柿本人麻呂の類まれなる才能を見抜いて、

人麻呂を宮廷歌人として登用したのですって。

持統天皇と言えば、小倉百人一首の二番歌

春過ぎて夏きにけらし白妙の衣干すてふ天の香具山

の作者。ご自身も歌才豊かであられたそうです。

柿本人麻呂のこの吉野の歌は、

天皇の御威光をたたえるとともに、

天皇がお心を寄せられている吉野の山・川等の自然も讃えています。

なんて荘厳な風格のある歌でしょう。

参考)『清川妙の万葉集』(集英社)


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