『日本書紀入門』(竹田恒泰、久野潤著)読後感:天智天皇って、すごくない?


竹田恒泰さんがおすすめしていた

『日本書紀入門~2000年以上続いてきた国家の秘密に迫る』という本を読んでみました。

来年、令和2年は日本書紀編纂1300年なんですね。

この本は、竹田恒泰さんと久野潤さんの対談形式になっているので、

お話を聞いている風で、分かりやすいです。

私は、後半、初めて知ったことが沢山あって、

へぇ~~~っ、がいっぱいありました。

天智天皇って、すごくない?

読み終えて印象に残っていることの一つ。

天智天皇って、すごいかただったんだなぁ、、と。

天智天皇は第38代天皇で、皇太子の時は中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)と言いました。

そう、大化の改新で活躍した人ですね。

大化というのは日本の最初の元号で、日本の国体を内外に示した偉大なる天皇で、

小倉百人一首の一番歌を詠まれた方というのは有名ですが、

それだけじゃなかったんですね。

天智天皇2年(西暦663年)に、白村江(はくすきえ)の戦いがありました。

日本軍と百済復興軍が、唐・新羅連合軍と朝鮮半島で戦い、日本側がぼろ負けした海戦です。

その3年前に唐・新羅連合軍によって百済(くだら)が滅ぼされ、

百済の遺臣たちが日本に救援を求めてきたことから始まった戦い。

この白村江の戦いは、紀元前660年に神武天皇が橿原で建国したときから1300年後。

そして、白村江の戦いの後、日本軍がぼろ負けするのは昭和の大東亜戦争だけなんですって。

日本は、紀元前660年の建国から現在まで、対外戦争でぼろ負けしたのはたった2回。

白村江の戦いと大東亜戦争のみ。

どうして負けがなかったのか、

それは、

白村江の戦いの後、「次負けたら、国が滅びる!」と危機感を持って砦を全国に築き敵に責められた時の国防体制を敷いたそうなのね。

その後も気を抜かずに、天智天皇に見習って、その時点で考えうる最高の国防体制を敷き続けてきた歴代の天皇をはじめとする人々のおかげがあってのことだという話には、いろいろと考えさせられました。

天智天皇って、すごくない?

他にも、水戸光圀『大日本史』の話とか、

歴代天皇陵を調査して『山稜志』を著した蒲生君平(がもうくんぺい)の話とか、

海軍の必要性を説いた林子平(はやししへい)のこととか、

初めて聞くこと目白押し。

一読をお薦めすることしきりです。


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