天皇はいつから神様と言われるようになったの? 壬申の乱、そして柿本人麻呂の和歌にみる天皇


少し前、当時の森喜朗総理大臣が「日本は神の国である」と発言したことが物議を呼び、辞任に追い込まれたことを覚えていらっしゃる方もいるかと思います。

日本は何時の頃から神国となったのでしょう。

万葉集に柿本人麻呂のこの歌があります。

大君は神にしませば 天雲(あまぐも)の 

 雷(いかづち)の上に廬(いほり)せるかも

   (柿本人麻呂 / 万葉集)

~意味~

我が大君は現御神(あらつみかみ)にまします故、天雲に雷電鳴りはためくという神々布く厳しい名の雷岳のうえに、このようにお遊ばし給い、その山の上に仮の宮を御作りなされていることよ

~~

天皇を現御神(現人神 あらひとがみ)だと詠われています。

この歌が最初なんですって。

柿本人麻呂は持統・文武天皇に仕えた官僚

柿本人麻呂は、持統・文武天皇の御代に仕官し、元明天皇和銅3年までの間に石見国で亡くなりました。

この歌は、持統天皇が大和の国 雷岳(いかずちのおか)に行幸された際に、

柿本人麻呂が詠んだと万葉集の詞書(ことばがき)にあります。

壬申の乱の後に芽生えた?

西暦672年に壬申の乱(じんしんのらん)というたいそう大きな内戦がありました。

皇位継承をめぐって、大伴皇子(弘文天皇)と大海人皇子(天武天皇)との間で戦われたもので、その勝敗を分けることになったのは、戦場に吹いた強風でした。

それは南南東の伊勢のほうから吹いてきた風で、大海人軍にとって追い風となりました。

当時の武器は弓矢。追い風なので断然有利。

大海人皇子の勝利は、伊勢から吹いてきた風を味方にしたと言われています。

もともと日の神を祀る一地方の伊勢神宮は、壬申の乱の後、天武天皇が祭祀の西部を図るようになって、天皇家の祖霊をお祀りする聖地へと昇格していったのですって。

天皇という称号を使ったのは、天武天皇が最初。

『万葉集』には、壬申の乱の後に初めて天皇を神として讃える歌が現れるます。

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