正道を踏み 国を以て斃(たお)るるの精神なくば 外国交際は全かるべからず(南洲翁遺訓)


最近の政治に、日本精神を守ろうという気概が感じられないなぁ、

ととても悲しく思っていたところ、西郷隆盛の言葉に出会いました。

西郷隆盛の政治思想、憂いは、まるで、現在の政治に対する戒めであるかのよう。

もしかして、当時もハチャメチャだったのかなぁ、、 なんて思ったり、、

正道を踏み 国を以て斃(たお)るるの精神なくば 外国交際は全かるべからず。

正道(せいどう)を踏み 国を以て斃(たお)るるの精神なくば 外国交際は全かるべからず。

彼の強大に委縮し、円滑を主として、曲げて彼の意に従順するときは、

軽侮を招き、好親却って破れ、終に彼の制を受くるに至らん。

(南洲翁遺訓)

国の凌辱せらるるに当たりては、縦令(たとえ)国を以て斃(たお)るる共、正道(せいどう)を踏み義を尽くすは政府の本務也。

国の凌辱せらるるに当たりては、縦令(たとえ)国を以て斃(たお)るる共、

正道(せいどう)を踏み義を尽くすは政府の本務也。

然るに平日(へいじつ)金穀理財(きんこくりざい)の事を議するを聞けば

如何なる英雄豪傑とみゆれども、血の出ることに臨めば頭を一処に集め、

唯目前の苟安(こうあん)を謀(はか)るのみ、

戦(たたかい)の一字を恐れ、政務の本務を堕(おと)しなば、

商法支配所と申すものにて、

更に政府にては非ざる也。

(南洲翁/西郷隆盛)

何程(なにほど)制度方法を論ずるとも、その人に非(あら)ざれば行われ難し。

何程(なにほど)制度方法を論ずるとも、その人に非(あら)ざれば行われ難し。

人有りて後方法の行わるるものなれば

人は第一の宝にして

己(おのれ)其の人に成るの心がけ肝要也。

(南洲翁/西郷隆盛)

賢人百官を総(す)べ、政権一途に帰し、

賢人百官を総(す)べ、政権一途に帰し、

一格の国体定制無ければ、縦令(たとえ)人材を登用し、言論を開き、衆説を容るるとも取舎方向(しゅしゃほうこう)無く、事業雑駁(じぎょうざっぱく)にして、成功有るべからず。

昨日出(い)でし命令の今日忽(たちま)ち引易(ひきか)うると云う様なるも皆、統轄擦る所(ところ)一(いつ)ならずして施政の方針一定せざるの致す所なり。

(南洲翁)

人智を開発するとは、愛国忠孝の心を開くなり。

人智を開発するとは、愛国忠孝の心を開くなり。

国に尽し、家を勤むる道明らかならば、百般(ひゃっぱん)の事業は従って進歩すべし。

或いは耳目を開発せんとて、電信を懸け、鉄道を敷き、蒸気仕掛けの機械を造立(ぞうりつ)し、人の耳目を聳道(しょうどう)すれども、何故(なにゆえ)電信鉄道の無くて叶わぬぞと云う処に目を注がず、猥(みだ)りに外国の盛大を羨(うらや)み、利害得失を論ず。

家屋の構造より玩弄物(がんろうぶつ)に至る迄(まで)一々外国を仰ぎ、奢侈(しゃし)を長じ、財用(ざいよう)を浪費せば、国力疲弊し人心(じんしん)浮薄(ふはく)に流れ、結局日本身代(しんだい)限りの外有る間敷き也(あるまじきなり)

聳–そびえること

(南洲翁)


日本精神の研究

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