「千古を洞観し古今を一視す 人生の一大快事なり」(幕末の儒家 春日潜庵)


「千古を洞観し古今を一視す 人生の一大快事なり」(春日潜庵)

春日潜庵は、幕末に活躍した陽明学の泰斗(たいと)です。

京都久我家の諸大夫(しょだいぶ)で、人物、学識、風貌ともに堂々としていて、真個豪傑の士と言われ、西郷隆盛(西郷南洲)も傾倒した人で、『潜庵遺稿』というものがあります。

註)泰斗(たいと)–その道の大家で高く評価される人

註)諸大夫(しょだいぶ)–

春日潜庵の言葉にこういうものがあります。

人の大患は義理を講ぜざるにあり、天下の楽は理に循(したが)ふより楽しきはなし

「義理」というのは、「哲学をする」ということ。

「理」とは、「ルール」のこと。

すべて世の中には厳粛なルールがある。そのルールに従うところに楽しみがあります。

例えば、和歌なら五七五七七でよむ、というルールがあります。

このわずかな字数の中に気持ちを読み込むためには、色々考える、哲学する、ということですね。

そして、

義理を講じ、哲学を修め、理に従う、法則に従う、法を学ぶ、ということになると、整頓された綺麗な机、明るい窓からの光をうけて、古人の書を読むということにならざるを得ません。

人間の幸福はこれ以上のものはない、と春日潜庵先生は言います。

浄机(じょうき)明窓、古人の書を読む。

人間の幸福 此れより大なるはなし。

史を読むは 無窮の懐あり。

千古を洞観し、古今を一視す。

人生の一大快事なり。

古今東西を洞観し、一視する。
言い換えると、時間と空間というものの制限を超越して、この自由を得るくらい楽しいことはない。

何かあって物を考える場合にも、自由に、何にもとらわれずに、東西の歴史、古今の歴史が念頭に浮かんでくる。それを洞察する楽しみは、これ以上のものはない。

この言葉を胸に刻んで、少しでも実践していけば、すこしは腹の座った人間に馴れそうな気がします。

春日潜庵の語る「本物の人物」とは

目前に急々たらず。

身後の名を要(もと)めず。

千古の事を渉歴(しょうれき)して以て一心の微を尽くす。

斯くの如きの人は 人たるに庶幾(ちか)し。

説明抜きで、じっくり味わいたい一文です。

最後に、実践することが比較的できやすい訓示をご紹介します。

自ら責むること厚ければ、何ぞ人を責むる暇あらんや

自分自身についての反省を行い欠点を正すことに熱心であれば、他人の欠点を指摘する余裕はないはずだ。

自分の身を律しなければ、と改めて思うのでした。(汗)

参考)

活学講話 東洋人物学 (致知選書)

スポンサーリンク
simplicity11
simplicity11

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

スポンサーリンク
simplicity11