「己を奉ずるのみ 民に在らず」潜庵先生の言葉の意味は?


利己主義を民主主義と勘違いしている人のあまりにも多い昨今、

潜庵先生のこの言葉を噛みしめたいものです。

己を奉ずるのみ 民に在らず。この二語、庸人の情態を写す。(春日潜庵)

己を奉ずるのみ 民に在らず。

この二語、庸人の情態を写す。

古今廉謹の士、己を苟守(こうしゅ)するのみ。

天下の故(こと)に関係せざる者皆然り。

★意味★

自分の事だけを後生大事にして、他の人 国民の事など念頭にない。

それが凡庸な人間のありのままの姿である。

廉潔の士だと言われる人も、実はたいていのところ自分をまず守る、苟守するのみだ。

他人のことをつまらん奴だという人も、あの人は真面目な清潔な人だと言われる人も、大抵の人はようやっと自分を守るだけの事であって、天下国家のことなど念頭にない。

註)苟–いやしくも、かりそめ、いやしく、等の意味

国を治めよう、民を救おうと考える人は、己を忘れ、己を捨てて公に奉ずるという公共的精神が必要ということは、東洋政治哲学の基本だと、安岡正篤先生の本にも記述があります。

今の政治のグダグダさ加減をみても、倫理もへちまもへったくれもない状態です。

ここから脱するためには、一人一人が自分を律し、世のため人のため何ができるか考えできることから実践していくのが、遠いようで一番の近道でしょう。

そのためにも、古の教えに学びたいものです。

千古を洞観し古今を一視す 人生の一大快事なり

「千古を洞観し古今を一視す 人生の一大快事なり」(幕末の儒家 春日潜庵)
「千古を洞観し古今を一視す 人生の一大快事なり」(春日潜庵) 春日潜庵は、幕末に活躍した陽明学の泰斗(たいと)です。 京...

参考)


活学講話 東洋人物学 (安岡正篤著/致知選書)

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