幕末の儒家 古賀穀堂の『自警(じけい)』を読んで、自分を警(いまし)めよう


幕末・佐賀藩に古賀穀堂という儒学者がいました。

古賀穀堂の『自警』(みずからいましめる)という文章を味わってみましょう。

幕末の儒家 古賀穀堂の『自警(じけい)』

『自警』には、1から6と終結があります。

ここでは、「自警の一」。他人との接し方についてご紹介します。

自警の一(他人との接し方)

凡流、鈍漢、傲吏(ごうり)、褊人(へんじん)に接するにも、亦た和厚謙譲、気を下し言を安らかにす。

驕惰(きょうだ)なる勿れ。

慍懟(うんたい)する勿れ。

侮詈(ぶり)する勿れ。

澹然(たんぜん)として一豪不平の気無し。

夫(か)の横逆の来るが若(ごと)き、蚊虻(ぶんぽう)の前を過ぐるが如し。

校(むく)ひず争はず、笑うて屑(こせつ)かず。

註)凡流–世間の人々

註)鈍漢–なまくら男

註)傲吏(ごうり)–威張った役人

註)褊人(へんじん)–偏った人間

註)慍–ウン、オン、うらむ、心の中でムッとする怒りの事

註)懟–ツイ、うらむ、

註)詈–り、ののしる

註)澹–タン、あわい

註)虻–ポウ、あぶ

★意味★

世間の人々、なまくら男や威張った役人、偏った考えの人、こういいう人たちに接するときも興奮しないで、気を静め、言葉を柔らかにし傲慢になるな。ムッとしても我慢しろ。

侮りののしるな。そしてあっさりとして少しも不平の気持ちを持ってはいけない。

横から、真正面からぶつかってくる、そんな腹の立つような問題が起きても、蚊やアブが目の前をブ~ンと飛んできたようなものだ、そう思えばいい。

そんなものに仕返したり争ったりしない。

人間もこのくらいスケールを大きくしなければならない。

古賀穀堂『自警の二』『自警の三』

名儒・古賀穀堂の『自警の二』と『自警の三』を味わいましょう
名儒・古賀穀堂の『自警の二』 「自警の二」は自分に対する警め(いましめ)です。 屈辱、坎壈(かんらん)、薄命、数奇、...

参考)

活学講話 東洋人物学 (致知選書)

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