幕末の志士 真木和泉の説く《人物》~斡旋の才~


幕末の志士 真木和泉の説く《人物》~斡旋の才~

「斡旋の才」というのは、世話をしたり、面倒をみたり、物事を取り運ぶということです。

人の世に生まれたるは、禽獣草木の死生栄枯するとは違いて、

四民とりどりに世に益あるようにあるべきことなり。

まして士は耕作もせず器械も造らず。

力を労することなければ、一入(ひとしお)世に何事か益あるようの事をなし、

其功遺すべき筈なり。

されば才断量慮の四徳を養うべし。

学問するは箇様の徳を養うためなれど、

わけて心を用いて養い成すべし。

さて、才というものはなんにてもそのことをなすを才と言いて、詩の才、文の才、或は書画の才など様々あれど、此処にいう才は斡旋の才というて人事をなす才なり。

いかばかり善き人にても、いか程の徳ありても、人として此斡旋の才なきものは世の用に立つことなく、無用物なり。

たとえ無学にても此斡旋の才あるものは何事にあたりても功をなし用たつなり。

註)才断量慮の四徳–「才能」「決断」「度量」「見識」の4つの徳

★私解★

斡旋の才能、今風の言葉で言うと、面倒見の良さというところでしょうか。

その才能は、人や物に対する愛情から出て来ます。

大切に思う故によかれかしと世話をしたり、取り計らったりする。

利己的な心からは、斡旋はできません。

それに反して、少々無学であっても愛情、誠意、徳があれば斡旋はできるし、役にも立つ。

ただ、斡旋の才は斡旋の徳がないと、空虚な見当違いの行動を起こしてしまうでしょう。

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参考)

活学講話 東洋人物学 (致知選書)

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