「滅茶苦茶」「目茶苦茶」は、実は「芽茶苦茶」だというお話です ~安岡正篤先生~


百田尚樹さんの『錨を上げよ』が「めちゃくちゃ面白い」と、昨日書きました。

「滅茶苦茶」「目茶苦茶」は、実は「芽茶苦茶」だというお話です ~安岡正篤先生~

滅茶苦茶、目茶苦茶、、

「めちゃくちゃ」という言葉を漢字変換すると、上の2つの候補が出てきます。

ネット検索でもこの2つのようです。

この2種類の漢字がいつの頃から使われるようになったのかも興味がありますが、

ここでは、「芽茶苦茶」について、安岡正篤先生の御著書を元にお話をします。

芽茶というのは、煎茶や玉露を作る際に出た芽や葉の先端などを集めた茶の事です。

丁度いい湯加減で煎じて、芽茶を飲む。

一煎目は、中に含まれている糖分の甘味を味わいます。

二煎目で、茶の中のタンニンの持つ渋みが出てきます。

そして三煎目で、苦みが出てきます。

この苦みが中枢神経に働いて眠気を覚まし、心気を爽やかにし、疲れが取れるそうです。

この過程を人間に模すと、

一煎目は、未熟な人間。「あいつは甘いなぁ」等といいますよね。

それが、色々と経験を積んでくると、「甘さを内包した渋み」が出ます。

そして、真剣に人生に向き合った生き方を続けていくと、「苦み」が出ます。

近づきがたい重厚感、尊敬してやまない人物、といったところでしょうか。

人間も「苦み」が出てこなければなりません。良薬は口に苦し、です。

芽茶を入れる時に、加減を考えないで沸騰したお湯を注いでしまったら、

甘みも渋みもでない、へんな苦いお茶になってしまいますよね。

お湯加減って大事だな、と思います。

この極意を知らないままに、また気持ちの余裕のないままに熱湯を注いでしまって、

甘いも渋いもない変な苦い、お茶じゃないお茶にしてしまうのが、「芽茶苦茶」です。

そう辿っていくと、

確かに、

目茶苦茶と書くのは、ちょっと違うかな、と思えてきますね。

東洋的学風

スポンサーリンク
simplicity11
simplicity11

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする