国を乱すような人が何故出てくるのか、荀子の言葉にみてみよう


「人材は徳を體(体)とし、才を用とする」

誰の言葉か失念してしまったけれど、最近頭から離れないこの言葉。

結局、「人」なんですよね。

国を乱すような人がどうして出てくるのか、荀子の言葉にみてみましょう

凡そ姦人(かんじん/国を乱すような悪い人物)の起こる所以は、

上・義を貴ばず、義を敬せざるを以てなり。

かの義なる者は、人の悪と姦とを為すを限禁する所以のものなり。

今、上・義を貴ばず、義を敬せず。

其の如くならば即ち下の人・百姓皆義を棄つるの志あり、姦に趨(おもむ)くの心あらん。

此れ姦人の起こる所以なり。

且つ上なる者は下の師なり。

夫の下の上に和するは、之を譬ふれば、猶響の声に応じ、影の形に像(に)るごとし。

故に人の上たる者は順(つつし)まざるべからざるなり。

(荀子・彊國(きょうこく))

安岡正篤先生は、その御著書『東洋的学風』の中で、フランスのドゴールの事を例として挙げています。

ドゴールはナチス・ドイツに敗れて、その占領下にレジスタンス運動を行い、強権弾圧政治と共産革命運動を排除してきた。

これが、ドゴールの「義」であったにも拘わらず、「強暴な権力を以て種々な非人道的弾圧政治を行ってきた中国共産党政権を承認するということは、たとえ、それが国際交渉の行き詰まりの打開であって、中国共産党を是認することではないと弁解はしても、それは決して彼の「義」にはならない。

要するに「利」である。

疑いなくこれより彼に倣う国々は、「義を棄つるの志あり、姦に趨(おもむ)くの心」であろう。

その結果、利果たして利になるかどうか、それさえ大いなる疑問と言わねばならぬ。

日本も真剣に考えて、何が義かを中国の2つの政府に対して明確に決定せねばならぬ。

この本は昭和45年に出版された本です。

昭和45年時点で同じような問題を背負っていたということにまず驚きます。

中国共産党と国民党の2つの政府が1つの国の中にある。

どちらが正統であるか。

台湾が中国の外の一辺土であっても、苟くも国府が厳存する限り、日本は之を正統とし、中共を異端とすることは当然の義である。

感想

つまり、義を軽視した成れの果てが、今の日本ってことでしょうか。

古の賢人の言葉に触れるにつけ、

最高の教科書が身近にあるのに気づかない、気づいても紐解いてこなかった戦後のつけが、今出ていると感じざるを得ません。

2600年以上もの長きにわたって先人たちが紡ぎ続けて来た日本を自分たちの手で滅ぼすか、それとも起死回生を狙うか、

私たち一人一人の生き方にかかっていることを肝に銘じて日々過ごしたいものですね。

(参考)

東洋的学風(安岡正篤著)

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