東郷平八郎は、西洋かぶれを案じていました。


キジバト通信班というサイトで紹介してくださっていた東郷平八郎の言葉と思しきもの。

東郷平八郎の時代から、西洋かぶれを嘆いていたって、なんだか新鮮だったので、

ご紹介させていただきます。

東郷平八郎は、西洋かぶれを案じていました。

 『元帥 東郷平八郎』(伊藤痴遊/郁文舎出版部)から
 昨今の日本人は、西洋かぶれがして、一にも西洋 二にも欧米といった調子で、日常の言葉の上にさえ西洋の言葉を用いるようになって来た。
私は、そういう傾向を悪い事であるという程には見ていないが、良い事だとも思っておらぬ。出来ることならば、日本人らしくあって欲しいと思っておる。
どうせ西洋の科学を取り入れて学問させる世の中になったのだから、ある程度まではそうした事を認めるほかはないけれど、左迄に必要のない場合にまで、西洋の言葉を使う事はどんなものであろうか。
日本国という事を根本に置いて考えて来る、と。
これをよい傾向として認める事は出来ぬ。
日本には、父、母という言葉があるにも拘わらず、パパママと呼ばせているのはどういう訳だろうか。
何を苦しんで、そこ迄西洋かぶれにならなければ納まらぬのであるか。
それらの人の本心を疑うのである。
なお甚だしきに至っては、日本の事を日本の文字で日本人に見せる場合、西暦を用いておる人がある。日本には神武紀元の暦数があるのだから、それを用いればよいのであって、あるいは明治とか大正とかいうように、その時の年号を呼びかけたらよいではないか。
もし、西洋の人に日本の事を示す場合には西暦を用いる必要があろう。
それにしても、同時に日本の暦数を書き入れて置くのが日本人として当然の措置であると、こういう風に私は考えておるのだが、今の学者だとか新しい人だとかいう人達は日本人放れがしていて、前に言うた通り家庭の中にまで西洋の言葉を用いなければならぬ、というようになって来たのは、まことに困ったものである。
それであるから、日本人本来の精神あるいは思想の上にまで悪い響きを及ぼして、昨今の如き世相になって来たのだ。
それ以上に、例を挙げていう事は差し控えるが、政治や教育の任に当たっておる人は大いに心しなければならぬと思う。
  (『元帥 東郷平八郎』(伊藤痴遊/郁文舎出版部) 初版 昭和九年)
※上記文章は
http://fujimotoyasuhisa.sakura.ne.jp/bunsho/koukitaiouhyou.htm
からお借りしました。

東郷平八郎元帥は、GHQから教科書で教えてはいけないと言われた偉人です

東郷平八郎元帥は、日露戦争で日本を勝利に導いた英雄ですが、

敗戦後、教えてはいけないと教科書を黒塗りにされた偉人の一人です。

日本は大東亜戦争に負けましたが、日本人の強さ、精神の高邁さがとても恐ろしかったGHQは、日本の心をズタズタに破壊して二度と立ち上がれないようにしようと、たくさんの「ダメ!」を日本に無理強いしました。

その、「ダメ!」の中に、愛国心につながる言葉や、神話・国家的英雄天皇陛下の事、神社に関する言葉等がありました。

こういう言葉を使わないように、教科書を黒塗りにしたり、検閲したり、本を焼いて史実を消そうとする焚書というものを行なったり、それはそれは 厳しく取り締まりました。

私たちが学校で教えてもらっていない大切なことって、すごく多いんですよね。

GHQの教科書検閲によって、教科書から削除された用語を少し紹介します。

1. 天皇に関する用語

現御神(あきつみかみ)、現人神(あらひとがみ)、上御一人(かみごいちにん)、大君(おおきみ)等。

2. 国家的拡張に関する用語

八紘一宇、皇国(すめくに)の道、肇国(ちょうこく)の精神、天業恢弘(てんぎょうかいこう)

3. 愛国心につながる用語

国体、国家、国民的、わが国 等。

4. 日本国の神話の起源や、楠木正成のような国家的英雄及び道義的人物としての皇族
東郷平八郎元帥や乃木希典大将に触れること等。
5.神道や祭祀、神社に関する言及

東郷平八郎元帥について、学校で習っていない理由は、ここにあったのですね。

悔しい!
教科書から消えた言葉~GHQによる「ダメ!」

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日本が二度と立ち上がれないようにアメリカが占領期に行ったこと

感想

言葉は思想。

言葉は背骨。

自分の国の言葉で語り考えるからこそ、自分の国の精神が養われる。

そこを崩すと、ふにゃふにゃ人間が出来てしまうってことですよね。

今の日本、大丈夫?

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