西郷南洲 上に立つ者の心構えについて (南洲翁遺訓)


西郷隆盛の『南洲翁遺訓』から、政府の高官や上に立つ者の心構えについてご紹介します。

西郷南洲 上に立つ者の心構えについて

萬民の上に位する者、

己を慎み、

品行を正しくし、

驕奢(きょうしゃ)を戒め、

節倹(せっけん)を勉(つと)め

職事(しょくじ)に勤労して人民の標準となり、

下民 其の勤労を気の毒に思うようならでは

政令は行われ難し。

(然るに、

草創の初めに立ちながら、

家屋を飾り、

衣服を文(かざ)り、

美妾(びしょう)を抱え、

蓄財を謀(はか)りなば、

維新の功業はは遂げられまじきなり。

令(いま)となりては、

戊辰の義戦も偏(ひと)えに私(わたくし)を営みたる姿になり行き、

天下に対し、

戦死者に対して、

面目なきぞとて、

しきりに涙を催されける。)

幕末、維新を目指した人々が、政府の高官につくなど、事が成り地位や財産を得るようになって後、驕る気持ちを持ったり贅沢したりして初心を忘れ人間的に堕落していく姿をみて、西郷南洲は、天下に申し訳ない、亡くなった方に申し訳が立たないと、嘆き悲しみました。

西郷南洲は、当時 大臣や陸軍大将元帥等の最高の位にありましたが、自らを律し慎み、贅沢はしなかったそうです。

褒美としてもらった土地に長屋を建てて郷里の青年たちを住まわせ、自分も同じような質素な生活をしました。

岩倉具視が訪ねて来た時に、あまりにぼろ屋なのでびっくりしたという話も伝わっています。

雨漏りが酷いのに直そうともせず、心配した弟が見かねて、南洲の留守中に建て直したら烈火のごとく怒り、取り壊させたそうです。「俺の気持ちがわからぬのか!」と。

自らを律する。

西郷南洲は、自らを律することを実践した人でした。

翻って、他の有名な人たちはどうだったのでしょう。

大久保利通や大隈重信は、豪邸をつくりました。

井上薫は、美女を集め宴会を開いて昔の大名の真似をしたり、政商と結託したりしました。

伊藤博文、大隈重信は蓄財に励みました。

そんな様子をみて、

西郷隆盛は、一緒に戦った仲間の堕落ぶりに涙を流し、

己を慎み、

品行を正しくし、

驕奢を戒め、

節倹を勉め、

職事に勤労して人民の標準

となることこそ、上に立つ者の要件でなければならないと、戒めています。

参考)『人間学 南洲翁遺訓』(渡邉五郎三郎著)

感想

国会の惨状が酷さを極めています。

「自らを律する」という観念のない空虚な人々の言動は、

必ず私たち国民の身近な生活の中に、その風潮が広まっていきます。

国会に自浄能力はなさそうなので、

私たち国民は、どう自らを守り国を守っていくか、真剣に考え行動しなければなりませんね。

正道を踏み 国を以て斃(たお)るるの精神なくば 外国交際は全かるべからず(南洲翁遺訓)

正道を踏み 国を以て斃(たお)るるの精神なくば 外国交際は全かるべからず(南洲翁遺訓)
最近の政治に、日本精神を守ろうという気概が感じられないなぁ、 ととても悲しく思っていたところ、西郷隆盛の言葉に出会いました。 ...

スポンサーリンク
simplicity11
simplicity11

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

スポンサーリンク
simplicity11

コメント