百敷や古き軒端のしのぶにも なほ余りある昔なりけり (百番歌・順徳院):小倉百人一首最後の歌に込められた意味


小倉百人一首の最後は、

承久の乱に敗れ佐渡に流された順徳天皇(順徳院)の歌で締めくくられています。

百敷や古き軒端のしのぶにも なほ余りある昔なりけり

百番歌 順徳院(1197-1242)/ 『続後撰集』)

★現代意訳

都の皇居は荒廃し、今では屋根の軒先にシダが生えてきている有様。

いくら忍んでも忍びきれないのは、古き良き時代のことだ。

★解説

順徳院は、第84代の天皇。

この歌は承久の乱の5年前、順徳天皇在位中20歳頃の御製です。

皇威が衰え、皇居が荒れ果ててしまっている様子。世が乱れていっている。

戦乱の世の中になっていくことを止めることができなかった悲しさが、

切ないまでに迫ってきます。

順徳院は、25歳の時 承久の乱で負けたのち佐渡島に流され、

21年後に数日間絶食の後崩御されました。

小倉百人一首を編纂した藤原定家(ふじわらのていか)は、後鳥羽院に仕え、

順徳院の死去の1年前にこの世を去っています。

力を尽くしたけれど平安の世は露と消え血なまぐさい武家政治へと世の中が進んでいく。

小倉百人一首は、平安の世を記録しようと編纂された側面もあるのでしょうね。

後醍醐天皇や順徳天皇が生きた時代を大きな流れの中で理解したい場合は、

こちらの記事を読んでいただけると嬉しいです↓

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コメント

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