忘れじのゆく末まではかたければ 今日を限りの命ともがな[五十四番歌:儀同三司母]


忘れじのゆく末まではかたければ 今日を限りの命ともがな

儀同三司母(ぎどうさんしのはは) (生年未詳~996、新古今集)

★意味★

私の事を忘れないと言ってくださいましたが、将来まで心変わりしないなんて難しいでしょう。それならいっそ幸せな今日死んでしまう命であってほしい。

★解説★

儀同三司(ぎどうさんし)とは、藤原伊周(これちか)の雅号です。

藤原伊周は、藤原氏の全盛時代を築き「この世をば我が世とぞ思ふ望月の欠けたることもなしと思へば」を読んだ藤原道長の甥。

とても優秀な人で出世も早かったそうです。権勢を振るう藤原道長に唯一対抗できるだけの才覚を持つ人物だと周りからみられていましたが、宮中を追われて大宰府に飛ばされ数年後宮中に復活。その時に藤原伊周のために新設された準大臣という役職を中国の故事に喩えて儀同三司といったそうです。37歳で亡くなりました。

この藤原伊周(ふじわらのこれちか)の母、儀同三司母は、従二位式部卿高階成忠の娘で貴子(貴子)と言いました。中関白藤原道隆に嫁ぎ、藤原伊周(儀同三司)や一条天皇の皇后定子を生みました。とても家庭的な女性だったそうです。

娘の定子は、清少納言が仕えた人です。

この歌は『新古今和歌集』の詞書に「中関白かよひ侍るころ」と書かれています。

儀同三司母 貴子が、中関白 藤原道隆(ふじわらのみちたか)が若かりし頃に送った歌ですね。

道隆と貴子の愛息が、儀同三司である藤原伊周(これちか)になります。

★私感★

一つ一つの和歌にまつわる話を知ると、

昔の人も同じように感じていたんだなぁ、とか、

いづれの世にもつらい思いや境遇はたくさんあったのだなぁ、とか、

色々なことを感じ、人としての生き方を学ぶことができます。

百人一首も、深く読み込んで自分の生きざまに繋げていきたいものですね。



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