嘆きつつひとりぬる世の明くる間は いかに久しきものとかはしる[五十三番歌:右大将道綱母]~小学生百人一首大会エントリー受付中♪


嘆きつつひとりぬる世の明くる間は いかに久しきものとかはしる

(右大将道綱母/うだいしょうみちつなのはは 937頃~995年 /『拾遺集』

★現代語訳★

あなたが来てくれないのを嘆きながら寂しく一人で寝る夜の、明けるまでの時間がどんなに長いか、あなたにはきっとわからないでしょうね。

★解説★

この歌は、『拾遺集』にあります。

作者の右大将道綱母(うだいしょうみちつなのはは)は藤原兼家の妻で藤原道綱の母。『蜻蛉日記』の作者です。藤原兼家は従一位、関白太政大臣。最高位の貴族です。

当時は通い婚、しかも複数の妻がいた時代です。

藤原兼家が他の女性のところに通いつめていたのちにやってきた。

その時に気づかないふりをして門を開けなかったら、藤原兼家は立ち去り、その足で件の女性のところにいったそうです。

門を開けないでいたらいなくなってしまったので、夜が明けてからこの歌を詠んで、しぼんだ菊を添えて兼家のもとに届けたそうです。

詞書に

「二三日ばかりありて 暁方に門をたたくときあり。さなめりと思ふに、憂くて あけさせねば、例の家と思しき所にものしたり。つとめて、直もあらじと思ひて」

とあります。

この歌に対して、藤原兼家からお返事がありました。

「げにやげに冬の夜ならぬ槇(まき)の戸も 遅く開くはわびしかりけり」

(そのとおりだよ。冬の夜が明けるのを待つのはつらいものだけれど、槇の戸が開かないのもまたつらいものだよ)

しゃれ~~っ!としてますね、兼家!

道綱母がこの歌を詠んだのは二十歳の頃。

その後、彼女は道綱を生み、立派な人間に育て上げたと伝えられています。

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