開戦の詔書:原文と現代語訳。


小野田寛郎さんが、今の日本人は開戦の詔書を読んだことがないのではないか。

ここにはどういう意志で日本が開戦をしたのかがはっきりと示されているのに。

という内容のご発言をしていました。

「誇り」を持って死んだ人に対して、なぜただ黙って「ありがとうございました」と感謝の念を捧げられないのか。:小野田寛郎
小野田寛郎 2014.1.16死去 91歳 「誇り」を持って死んだ人に対して、なぜただ黙って「ありがとうございました」と感謝の念を...

開戦の詔書の原文と現代語訳をご紹介します。

原文も、初めは「うっ!難しい!」と思うかもしれませんが、頑張って2~3行読むと、日本語の美しさに心地よさを感じるようにもなるのではないかと思います。

勿論、昭和天皇の御心も知ることができます。

原文に抵抗がある場合は、現代訳から目を通すことをお薦めします。

それでは、どうぞ。

開戦の詔書

天佑ヲ保有シ萬世一系ノ皇祚ヲ踐(ふ)メル大日本帝國天皇ハ昭(あきらか)ニ忠誠勇武ナル汝有衆ニ示ス

朕(ちん)茲(ここ)ニ米國及英國ニ對シテ戰ヲ宣ス

朕カ 陸海將兵ハ 全力ヲ奮テ 交戰ニ從事シ

朕カ 百僚有司(ひゃくりょうゆうし)ハ  勵精(れいせい)職務ヲ奉行シ

朕カ 衆庶(しゅうしょ)ハ 各々其ノ本分ヲ盡シ

億兆一心(いっしん)國家ノ總力ヲ擧ケテ 征戰ノ目的ヲ逹成スルニ 遺算ナカラムコトヲ期セヨ

抑々(そもそも)東亞ノ安定ヲ確保シ 以テ世界ノ平和ニ寄與スルハ 丕顯(ひけん)ナル皇祖考(こうそこう)丕承(ひしょう)ナル皇考(こうこう)ノ作述(さくじゅつ)セル遠猷(えんゆう)ニシテ朕カ 拳々(けんけん)措(お)カサル所

而シテ列國トノ交誼ヲ篤クシ 萬邦共榮ノ樂(たのしみ)ヲ偕(とも)ニスルハ 之亦(これまた)帝國カ常ニ國交ノ要義ト爲ス所ナリ

今ヤ不幸ニシテ米英兩國ト釁端(きんたん)ヲ開クニ至ル

洵(まこと)ニ 已(や)ムヲ得サルモノアリ

豈(あに)朕(ちん)カ 志ナラムヤ

中華民國政府  曩(さき)ニ帝國ノ眞意ヲ解セス

濫(みだり)ニ事ヲ構ヘテ 東亞ノ平和ヲ攪亂(かくらん)シ  遂ニ帝國ヲシテ干戈(かんか)ヲ執(と)ルニ至ラシメ

茲(ここ)ニ四年有餘(ゆうよ)ヲ 經(へ)タリ

幸(さいわい)ニ 國民政府更新スルアリ

帝國ハ之ト善隣ノ誼(よしみ)ヲ結ヒ  相(あい)提攜(ていけい)スルニ至レルモ

重慶ニ殘存スル政權ハ 米英ノ庇蔭(ひいん)ヲ恃(たの)ミテ

兄弟(けいてい)尚(なお)未(いま)タ  牆(かき)ニ

相鬩(あいせめ)クヲ    悛(あらた)メス

米英兩國ハ 殘存政權ヲ支援シテ東亞ノ禍亂(からん)ヲ助長シ

平和ノ美名ニ匿(かく)レテ 東洋制覇ノ非望ヲ逞(たくまし)ウセムトス

剩(あまつさ)ヘ與國(よこく)ヲ誘(いざな)ヒ

帝國ノ周邊ニ於テ 武備ヲ増強シテ我ニ挑戰シ

更ニ帝國ノ平和的通商ニ   有ラユル妨害ヲ與(あた)ヘ

遂ニ  經濟斷交ヲ敢(あえ)テシ

帝國ノ生存ニ   重大ナル脅威ヲ加フ

朕ハ政府ヲシテ事態ヲ平和ノ裡(うち)ニ囘復セシメムトシ

隱忍(いんにん)久(ひさ)シキニ彌(わた)リタルモ

彼ハ  毫モ交讓(こうじょう)ノ精神ナク

徒(いたずら)ニ時局ノ解決ヲ遷延(せんえん)セシメテ

此ノ間  却(かえ)ツテ益々經濟上軍事上ノ脅威ヲ増大シ

以テ我ヲ屈從セシメムトス

斯(かく)ノ如クニシテ推移セムカ

東亞安定ニ關スル帝國積年ノ努力ハ  悉ク水泡ニ歸シ

帝國ノ存立亦正(まさ)ニ 危殆(きたい)ニ瀕(ひん)セリ

事(こと)既ニ 此ニ至ル

帝國ハ今ヤ自存自衞ノ爲

蹶然(けつぜん)起ツテ

一切ノ障礙(しょうがい)ヲ破碎(はさい)スルノ外(ほか)ナキナリ

皇祖皇宗ノ神靈  上(かみ)ニ在リ

朕ハ   汝(なんじ)有衆ノ忠誠勇武ニ  信倚(しんい)シ

祖宗(そうそ)ノ遺業ヲ恢弘(かいこう)シ

速(すみやか)ニ禍根ヲ芟除(さんじょ)シテ

東亞永遠ノ平和ヲ確立シ 以テ帝國ノ光榮ヲ保全セムコトヲ期ス

御 名 御 璽
昭和十六年十二月八日

現代語訳

神々のご加護を保有し、万世一系の皇位を継ぐ大日本帝国天皇は、忠実で勇敢な汝ら臣民にはっきりと示す。
私はここに、米国及び英国に対して宣戦を布告する。

私の陸海軍将兵は、全力を奮って交戦に従事し、

私のすべての政府関係者は務めに励んで職務に身を捧げ、

私の国民はおのおのその本分を尽くし、

一億の心をひとつにして国家の総力を挙げ、

この戦争の目的を達成するために手違いのないようにせよ。

そもそも東アジアの安定を確保し、世界の平和に寄与する事は大いなる明治天皇と、その偉大さを受け継がれた大正天皇が構想されたことで、私が常に心がけている事である。

そして各国との交流を篤くし、万国の共栄の喜びをともにすることは、帝国の外交の要としているところである。

今や不幸にして、米英両国と争いを開始するに至った。
誠にやむをえない事態となった。このような事態は、私の本意ではない。

中華民国は、以前より我が帝国の真意を理解せず、

みだりに闘争を起こし、東アジアの平和を乱し、

ついに帝国に武器をとらせる事態に至らしめ、もう四年以上経過している。

幸いに国民政府は南京政府に新たに変わった。

帝国はこの政府と、善隣の誼(よしみ)を結び、ともに提携するようになったが、

重慶に残存する政権(蒋介石)は、米英の庇護を当てにし、

兄弟である南京政府と、未だに相互のせめぎ合う姿勢を改めない。

米英両国は、残存する蒋介石政権を支援し、東アジアの混乱を助長し、

平和の美名にかくれて、東洋を征服する非道な野望をたくましくしている。

(それだけでなく、与(くみ)する国々を誘い、

帝国の周辺において軍備を増強して我が国に挑戦し、

更に帝国の平和的通商にあらゆる妨害を与え、

ついには意図的に経済断行をして、帝国の生存に重大なる脅威を加えている。

私は政府に事態を平和の裡に解決させようと、長い間忍耐してきたが、

米英は少しも互いに譲り合う精神がなく、むやみに事態の解決を遅らせようとし、

その間にもますます経済上・軍事上の脅威を増大し続け、

それによって我が国を屈服させようとしている。

このような事態が続けば、

東アジアの安定に関して我が帝国の積年の努力はことごとく水の泡となり、

帝国の存立もまさに危機に瀕している。

ことここに至っては、帝国は今や自存と自衛のため、

決然と立ち上がって一切の障害を破砕する以外にない。

皇祖皇宗の神霊をいただき、

私は汝ら国民の忠誠と武勇を信頼し、祖先の遺業を押し広め、

速やかに禍根をとり除いて東アジアに永遠の平和を確立し、

それによって帝国の光栄の保全を期すものである。

御 名 御 璽(ぎょめいぎょじ)
昭和十六年十二月八日

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