己に克つ「克己(こっき)」について、南洲翁遺訓から


己に克つ「克己(こっき)」について、南洲翁遺訓から

道は天地自然の道なる故

講学の道は敬天愛人を目的とし

身を修むるに克己(こっき)をもって終始せよ

己れに克つの極功は

『意なく 必なく 固なく 我(が)なし』

と言えり。

総じて人は己れに克つを以て成り

自ら愛するを以て敗るるぞ

。。

。。

故に己れに克ちて睹(み)ず聞かざる所に戒慎(かいしん)するもの也

(南洲翁遺訓)

註)戒慎(かいしん)–用心深くして慎むこと

『意なく 必なく 固なく 我(が)なし』は論語の中にある言葉で、次の意味があります。

意なく–先入観のないこと

必なく–是非とも押し通そうとしないこと

固なく–頑固でないこと

我なし–自分の考えにこだわらないこと

つまり、

物事に接する時には無心の境地でないと、本当のところがわからない。

自分に克つということは、私欲や私心を捨てることであり、自らを修めるということです。

正道を踏み国を以て斃るるの精神なくば 外国交際は全かるべからず

正道を踏み 国を以て斃(たお)るるの精神なくば 外国交際は全かるべからず(南洲翁遺訓)
最近の政治に、日本精神を守ろうという気概が感じられないなぁ、 ととても悲しく思っていたところ、西郷隆盛の言葉に出会いました。 ...

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