大伴家持に国を守る歌があるのは、大伴氏が軍事をつかさどる家系だったから。氏族制度について


日本には、昔「氏族(しぞく)制度」というものがありました。

これは、皇室を中心にして大小多数の氏族によって構成されていた社会組織です。

氏族(しぞく)というのは、同じ祖先から下っていって同じ職務に服する人たちの事。

それぞれの氏族には、氏上(うじのかみ)がいて、

氏上が、同族の氏人(うじびと)と氏人に属する部民(ぶみん)を統率していました。

そして、氏族の上に皇室があるという構図ですね。

例えば、大伴家持は大伴という氏族で、大伴は代々軍事をつかさどっていました。

第二国歌と言われている「海ゆかば」は、大伴家持の万葉集にある歌の中からとったものです。

下に引用しましたので読んでいただけるとわかるように、国守の歌ですよね。

大伴家持は今でいうところの統合幕僚長、軍事のトップだったそうです。

大伴家持には国を守る人だからこその和歌も多いのは、そのせいなのですね。

大伴の 遠つ神祖(かみおや)の その名をば

大来目主(おおくめぬし)と 負い持ちて 仕へし官(つかさ)

海行かば 水漬く屍(みづくかばね) 

山行かば 草生(くさむ)す屍(かばね) 

大皇(おおきみ)の 邊(へ)にこそ死なめ 

顧(かえり)みは 為(せ)じ

と言立(ことた)て 丈夫(ますらお)の 清き彼(そ)の名を

古(いにしえ)よ 今の現(をつつ?)に 流さへる

祖(おや)の子等(こども)ぞ

大伴と 佐伯(さえき)の氏は 人の祖の 立つる言立(ことだて) 人の子は

祖の名絶たず 大君に 奉仕(まつら)うものと言い継げる

言の職(つかさ)ぞ 梓弓(あづまゆみ) 手に取り持ちて

剣大刀 腰に取り佩(は)き 朝守り 夕の守りに 大王(おおきみ)の

御門(みかど)の守護(まもり) 我をおきて

また人はあらじと 彌立(いやた)て

思いし増(まさ)る 大皇(おおきみ)の

御言の幸(さき)の 聞けば貴(たっと)み

大伴家持『万葉集』

氏族制度の組織

さて、氏族(しぞく)は、出身によって分けられていて、

皇族の系統は「皇別」、

皇孫降臨の時から従っている諸神の子孫は「神別(しんべつ)」、

海外と交渉するようになってから帰化した部族は「蕃別(はんべつ)」と言いました。

姓(かばね)

氏族は、

  • 公(きみ)
  • 別(わけ)
  • 臣(おみ)
  • 連(むらじ)
  • 国造(くにのみやっこ)
  • 懸主(あがたぬし)
  • 稲置(いなぎ)

等の姓(かばね)を称しました。

これは身分の上下を示すもので、

公(きみ)・別(わけ)・臣(おみ)は皇別の諸氏に、

連は神別の諸氏にそれぞれ朝廷から賜り、

朝廷に大臣(おおおみ)・大連(おおむらじ)が置かれてからは、

大臣は臣姓から、大連は連姓から出て ともに国政に参与しました。

また、

  • 国造(くにのみやっこ)
  • 懸主(あがたぬし)
  • 稲置(いなぎ)

等ははじめは官職でしたが、世襲の内に姓(かばね)となっていきました。

氏族は 代々その職務を司って皇室に仕えていました。

氏族は 代々その職務を司って皇室に仕えていました。

例えば

  • 中臣・齋部(いんべ)の二氏は祭祀担当
  • 大伴・物部の二氏は軍事担当

それぞれの役割を司って皇室、つまり日本を守っていたのですね。

また、

  • 国造(くにのみやっこ)
  • 稲置(いなぎ)

等は地方行政を担当していました。

天皇を中心とした中央集権国家が、この時すでにできていたということではないでしょうか。

参考)『海軍さんの歴史教科書2』(2)氏族制度とその精神

[海軍さんの歴史教科書]2.皇威の発展
2.皇威の発展 (1)内治の振興 皇大神宮(こうたいじんぐう) 神武天皇の御即位以来、歴代天皇の御聖徳により皇威はいよいよ伸張した...

日本の通史がわかりやすい『海軍さんの歴史教科書』を少しずつ朗読することにしました。

よろしかったら、聴いていただけると嬉しいです。

海軍さんの歴史教科書第2章(2)氏族制度とその精神

お詫び)<氏族制度>を<うじぞく>と読んでしまいました。正しくは<しぞく>です。 後ほど読み直します。 昭和19年に海軍省が練習兵用のために作った歴史教科書を朗読しています。 14歳頃の少年にむけた教科書なので、日本の国の通史がわかりやすく物語の様に語られています。 言葉の響きもとても美しく、私たちにも理解しやす...

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